諸国のお百姓さんはみんな努力した。できのよい豆だけを種豆として選抜し,郷土色あふれる品種を作り上げた。代表は山形県鶴岡市のだだちゃ豆や新潟の黒埼豆。ともに薄茶色の産毛と薄皮をもち、くらりとするほど濃厚な香り、野太い甘み,充足感あふれるコクガ共通。ルーツは同じらしい。美味度もさることながら、季節感でもだだちゃ豆が一歩まさる。早生種、晩生種もあるが、本命の中生種は8月半ばから月末までの二週間だけである。
 そこで、旧盆が明けたばかりの庄内へ。鶴岡駅から西へ10分の安丹。鯉が泳ぐ池、燈篭、白壁の蔵。安丹枝豆組合長・佐藤恵一さんの家は庄内藩時代の大農家をほうふつさせ、鷹狩帰りのお殿様が寄っても不思議ない構えだった。
 そういえば、だだちゃ豆という風変わりな名前は殿様に因む。明治後半,小真木という集落の枝豆名人だだちゃ(おやじの意味の方言)が豆を献上。そのおいしさに殿様は「あのだだちゃの豆が食べたい」とリクエストしたので、枝豆イコールだだちゃ豆と呼ばれるようになったらしい。現代は、だだちゃといえば白山だだちゃが最初にあがる。白山という集落に明治の末森屋初という人がいて作ったと言われている。このほかにも集落ごとに,風味の微妙に異なるだだちゃ豆がある。同じ庄内でも、土壌や水質、栽培方法によって違いがでるせいである。
枝豆 
 和風の朝ごはんで豆といえば、煮豆が思い浮かぶ。いんげん、えんどう、金時、ふき
豆といったところが不動のラインアップで,白,緑,赤,クロ,茶と渋いわりに多彩。ほっこりとでんぷん質が歯に感じられるくらい、よく煮たものがおいしい。
 反対につるっとした食感を楽しむのが大豆系。味噌,醤油,豆腐、納豆に欠かせないことでもあるし、日本人は大豆愛好民族といえる。
 大豆は、枝豆を完熟させてから採って乾燥させたもの。夏の畑で青々しているうちに枝ごと収穫してしまうのが枝豆で、野菜感覚で食べるようになったのは鎌倉時代、あるいは江戸時代からともいわれる。塩茹でをむしゃむしゃやれば、即、力の源になる。なにしろ大豆が畑の肉なら、枝豆は畑の若肉。たんぱく質はじめビタミンB1・C、カリウムなどが豊富で、栄養価は十二分なのである。
新潮文庫「日本の朝ごはん 食材紀行」 24〜27ページ
向笠千恵子  東京・日本橋生れ。フードジャーナリスト,エッセイスト。食材,食の職人、生産者、器作家などをテーマに、現代の食と暮らしを探求している。新聞,雑誌、テレビの食番組などで幅広く活躍中。著書に「日本の朝ごはん」「美味しいもの、みつけた」「平成版大江戸好食物語」など。消費生活アドバイザアー。日本伝統食品研究会、食生活ジャーナリストの会会員。

日本の朝ごはん  食材紀行 T

 著者 向笠千恵子さんに初めて連絡をいただいてから、もう4,5ねんもなるだろうか。岩手の河野さんからの紹介であった。NHKの「男の食彩」「今日の料理」の取材だった。現在はテレビでときどき拝見している。
 安丹は味で売出し中の集落。もともとは米作地で、だだちゃ豆は自家用だったのだが,昭和45年頃、米余りで減反がすすめられたのを機に16戸で枝豆組合を結成。低農薬を心がけ、有機堆肥を用い、排水パイプを畝に埋めるなど工夫を重ねた。その結果需要に追いつかないほどの人気ブランドに育ったのである。
 あらためて佐藤さんの庭を見回してみたら、納屋の軒になにやらドライフラワーがずらり。近づいて、納得。種用のだだちゃの枝を逆さに吊るしているのであった。
 「種泥棒がでるからおちおち寝てられん。種は春に蒔いて、発芽したら定植します。収穫できるのはちょうどいまごろだね」
 やんちゃな日焼け顔が、冬は蔵王でスキーコーチという元気な暮らしぶりを伝えてくる。この佐藤さんはじめ、組合員は団塊世代がメイン。毎日4時起きで朝取りし、1把ずつ枝を束ねるハードな作業も夫婦単位。だから家庭円満だそうである。                軽トラで案内されたのは金峰山を望み、風が吹き抜ける広い畑。仲間の藤原さんや三村さんも手間のかかる収穫を一緒に実演してくれた。枝豆は食味が低下しやすい。鮮度保持のため、面倒でも根付で出荷するのが佐藤さんたちの主義である。
 地下足袋の三人がえいっと抜いた豆を、佐藤さんのお母さんに塩ゆでにしていただくことにした。まず、枝から莢をはずす。最初は水でごしごし。表面の産毛を落とすのである。ひょうたんのように胴がくびれた小柄な莢。豆は二粒。発見だった。佐藤さんが「普通の枝豆が三粒なのは品種改良のせい。安丹では伝統種を守り伝えてきたから二粒のまんまなの」と目尻を下げた。
 そのだだちゃ豆を、塩を落とした沸騰湯へどさっ。落しぶたをし、さばし見守る。莢に割れ目が出たらゆで上がり。ざるにあげ、冷水をざあざあかける。そこへ塩を力士のように振り、うちわをぱたぱた。濃くて,甘くて,土臭い豆の香りが立ってきた。もう待てない。歯でしごくと舌に転がる軽やかな食感。顎を動かすたびに、懐かしい甘みとコクガ口中にひたひた広がってくる。さらに、豆まま(だだちゃ豆の炊き込み御飯)、豆汁と呼ぶ莢ごと入れた味噌汁、そばがきのずんだかけ(すりつぶしてピュピューレにしたものをずんだという)が次々と作られる。
 この旅のあと、安丹から取り寄せて作る豆ままのおにぎりと豆汁は、年に一度の贅沢朝ごはんメニューになった。

⇒だだちゃ豆

筆者と、湯殿庵にて